名刺から始まる未来
インターネットを説明するには、まず信頼を渡さなければならなかった時代。 名刺、資料、熱意、そして未来を見せる言葉が武器でした。
IACの物語は、回線やサーバーだけの物語ではありません。 若き営業マン、英字新聞、自然言語検索、東京の会議室、Korean Airで始まった恋、 そして「あやしい」と笑いながら未来を開いた人たちの物語です。
IACが走り出したころ、インターネットはまだ多くの人にとって「あやしい」存在でした。 しかし、その「あやしさ」の中に、未来がありました。 新聞を検索すること、メールで世界とつながること、PPPで日本中から高速にアクセスすること。 いまでは当たり前のことが、当時は冒険でした。
IACの物語には、技術、営業、恋、交渉、笑い、反骨精神が混ざっています。 だから、このページは単なる画像一覧ではありません。 日本のインターネットの夢が、まだ手作りだった時代の記憶帳です。
IACの日本人スタッフが電話に出るとき、「あやしい」と名乗ったという話があります。 それは自虐ではなく、早すぎたインターネット会社の美しい反抗でした。 まだ誰も信じていない未来を、笑いながら先に始める。 その空気こそ、IACの魂です。
IACと日本のインターネット
インターネットを説明するには、まず信頼を渡さなければならなかった時代。 名刺、資料、熱意、そして未来を見せる言葉が武器でした。
日本の英字新聞を読み、探し、つなげる。 IACとMetabookの夢は、情報を紙から検索可能な知識へ変えることでした。
LAXから東京へ向かう飛行機の中で、BradとTomokoの物語が始まりました。 IACの歴史には、仕事だけでなく、人生そのものが流れています。
若きBrad Bartzにとって、電話は道具ではなく突破口でした。 売る力、伝える力、相手の心を動かす力が、IACの土台になりました。
子どものころの小さな商売は、やがて営業力へ変わりました。 IACの大胆さは、突然生まれたものではありません。
起業の原点は、巨大な資本ではありませんでした。 ポニーを養うために、返却瓶を集めてお金に変える。 そこに商売の最初の火がありました。
インターネットがまだ「何に使うのか」と聞かれていた時代に、 IACは新聞、メール、検索、接続、そして日本と世界の新しい関係を説明していました。 未来は、ただ来るものではありません。 誰かが先に信じ、誰かが先に売り込み、誰かが先に笑われることで始まります。
ポニーからIACへ
近所を回り、瓶を集め、価値に変える。 子どもの商売には、責任と創意工夫がありました。
どこを回るか、誰に話すか、どう効率よく集めるか。 それは小さな物流であり、小さな営業戦略でした。
集めた瓶がお金に変わる瞬間。 そこには、労働、価値、交換、責任の最初の授業がありました。
欲しいものを手に入れるだけでなく、それを維持する責任を持つ。 そこに、起業家の心が育ちました。
夢を持つことは簡単です。 夢を維持するには、毎日の責任が必要です。 その感覚は、のちの事業にも続いていきます。
パロスベルデスの光の中で、子どもの夢と商売の現実が出会った。 IACの遠い出発点は、ここにあります。
IACの物語には、NTTとの交渉、Compaq Japan、ACCJでのスピーチ、Japan Times、Metabook、 Jmail、Japan.co.jp、そして日本のインターネット史に埋もれた多くの場面があります。 このギャラリーは、その記憶を少しずつ可視化していくための入口です。